縁なき衆生は度し難しという言葉があります。(えんなきしゅじょうはどしがたし)
仏さまだって、縁のない人は救えないという意味です。
例えば、誰かの幸せや成功を心から願う場合、本人の深い部分の価値観を変えることが必要になることがあります。ただ、これは本人が自発的に望まないと変わりにくい部分です。
例えば仕事に関して言うと、この2つの価値観はどこまでいっても平行線です。
〇 仕事=生きる意味であり目的
〇 仕事=他の大事なことのために稼ぐ手段(家族のため、遊ぶため、使命のため etc)
そしてこれは本人の意思というより環境で決まってくる要素が大きい部分でもあります。(使命的なものや才能的なものは、お金に変えやすい場合とそうでない場合があって、その辺の状況は本人の意思というより社会的な環境できまるので。)
価値観のベースが違う人の価値観を変えるというのはかなり無理がありますので、異教徒の改宗は非常に難しいということは一度諦めておく必要があります。
