今の時代、解説本に実はたいていのことは書いてあります。軽い調べものならAIのChatやネット検索でなんとかなります(どちらも堂々とウソを返してくることはよくありますが、そこを知ってて使えばとても優秀)
わざわざ習わなくても、情報収集だけならほとんどのことはどうにかなる時代です。
ただ、道場なりレッスンなり、有料で誰かに会って習うのはどこに意味があるのかというと、
1.実際できる気がしてくる(できる感)
2.当たり前の基準が最適化される(常識の最適化)
3.環境によって意識のモードがきりかわる(意識モードの更新)
などが大きなところだと思います。
1.できる感
ある時期、とある先生にヨガを習いに行っていたことがあります。
もともと、ヨガみたいにメジャーなものはyoutubeに大量の動画がアップされているので、「ちょっとやってみたい」くらいなら無料で転がっている動画でも問題はないのです。
ただ、ちょっと細かいことが気になった時には意外と情報がなかったりします。(特定のキーワードを知ってれば欲しい情報を探せるけど、そのキーワードを知らないと探しようがないみたいな状態)
あと、公開されてる動画だと「この見本の人、すごすぎて真似する気になれない」みたいな問題も起こります。
どうしても動画だと完成系が見本として公開されていることが多いので、初学者からすると「いや、そのレベルの10段階くらいまえのステップのものが見たいんだけど。。。」問題が起こるわけです。
例えば、立位前屈で手が床につかないレベルの時に、ひじが床につきそうなレベルの柔軟性の人の見本を見せられても「全くできる気がしない」わけです。体感覚や潜在意識のレベルで「絶対無理」という判断がされてしまう状態です。こうなると、顕在意識のレベルではどうにもなりません。興味があってもやる気がまったくでない状態から動かなくなります。
ただ、直接に習いに行く場合は「その時点の自分のレベル感」に応じた課題をもらえるので、「あ、これならできるかも」と潜在意識側も感じることができ、「できそう→練習をやる気になる→(実際に)できた」になりやすかった気がします。
この辺の潜在意識の書き換え効果が高くなるのは、直接習う方式の美点でしょう。実際できる気がしてくる可能性が高いのは、習いに行くメリットの1つです。
2.「常識」の最適化
あとは「これはやってはいけない。これはやっていい。」みたいな当たり前の基準がアップデートされやすいのも、個別に習いに行くいいことの1つだと思います。
ヨガ体操的の個人的な体験でいうと、1人でやってる時に無駄に力を入れすぎていたことがあって、道場に行って「力入れすぎ」と指導が入った結果、その後いい感じになったことがあります。
後から振り返れば「超のつくほど当たり前すぎる指導」なので「値千金(100万ドルの価値的な意味)」とは感じにくいのですが、当時の自分からしたら「値千金」の有難い指導だったと思います。
指導者が「その人にとっての当たり前すぎること(わざわざ言うほどでもないと感じやすい)」を言うだけで生徒側に「高い価値」が生まれることがあります。
教える側にとっての「当たり前」ってみんななかなか言葉にして言ってくれませんからね・・・、振袖の着方の解説本はあるけどTシャツの着方の解説本がわざわざ出回らないのと一緒で。
こうした「ちょうどいい力加減でやろう」みたいなピンポイントな課題を気軽にクリアしていきやすくなるのは、直接習いに行くことの利点の1つでしょう。1人でやってると課題の存在にすら気が付かずに「半年が経過した。しかし進歩がなかった。」になることがあるので。
自分の中の「常識」が微調整されていくことで「できない→できる」に変わりやすくなるのは他人の話を聞くことの大きな利点の1つです。
3.意識モードの更新
あとは、教室などの場合、環境があることで意識のモードが変わるというのもあります。
ヨガでいえば「道場に行く」というだけで「体をしっかり観察する」という気分になりやすいです。筋トレなら「ジムに行く」というだけで「鍛える」気分になりやすくなります。
オンラインレッスンでも先生と教室の時間としてつなげば「そういうモード」に意識がなります。
この辺りは人の力や環境の力をうまく使えると、潜在意識の更新儀礼として作用します。
家だとマンガを読む意識レベルにしかならないのであれば、勉強はカフェや図書館でどうぞというような話とちょっと似てます。「家よりカフェのほうが集中して作業できた。だからカフェで作業しよう。」みたいに、意識モードを更新するためにお金を払うというのはわりと経験がある人が多いことだと思います。
森の中を歩いてる時に意識が瞑想的なレベルにいきやすくなる体験をしたことがある人は少なくないと思いますが、意識モードの更新というのはそういう話です。
まとめ
無料のネット情報や数千円程度の一般書籍の情報でも、たいていの情報が手に入るのが現代の特徴です。
ただ、時間とお金をかけて誰かに会って習う意味はどこにあるのかというと、
1.「実際できる気がしてくる」
2.「当たり前の基準が個別に最適化される(常識の最適化)」
3.「環境によって意識のモードがきりかわる」
というのが大きなところで、そのあたりに道場や教室や講座の価値は出てくると思います。
