無条件にお金をもらいたい、というのは素敵な欲求の1つだと思います。子供の時のお小遣いのように「無条件にもらえる」という状態はとても嬉しいものです。
0からこれに近い状態を作るには、1つにはお金が入ってくる資産を構築すること、もう1つはお金を稼ぐストレスを限りなく減らすこと、このあたりが定番です。ただ、実はお金がなくても必要なものがもらえれば用が足りることもあります。
「お金を使って売り買いしなくても、贈与でもらえればよいのではないか?」という「脱資本主義」な発想です。
買わなくても手に入ればそれはそれで
現代社会はなんでもお金で売買できる便利な社会です。ただ「お金との交換で生活に必要なもののほぼすべてを賄う」生活スタイルは、資本主義というシステムが支配的になって以降の特殊事例です。
一昔前までの世界では「売り買い」以外の「贈与と返礼」という流通も大きな役割をはたしていました。
(コンビニで何でも売ってないけど、隣近所で融通しあうおすそわけでだいたい用が足りるみたいなイメージ)
そして、お小遣い的なイメージで「何かを無条件に受け取る体験」がしたければ、自分も「無条件に与える」ということを自分も習慣として持っておく必要があります。
等価交換的なルールが支配的な世の中ですので、自分が「無条件に何かを与える」ということをしていないと「無条件に何かをもらう」ということに抵抗感がでてきてしまうからです。
「売買という交換の世界」の外に出ると起きる小さな変化
19世紀以降に「資本主義」というシステムが日本でもスタンダードになっていますが、これは「何でも売買でやり取りする世界」を作るというシステムです。Amazonはそのいい例で、「すべてのものをネットでカンタンに売り買いできる仕組み」を目指して動いている大企業です。
では、資本主義以前(江戸以前)の世界はどうだったかというと「おすそわけ」「贈与」みたいな、「非商業取引での物流」がそっちはそっちでさかんでした。
この「贈与を交換する」という感覚は人類から消えていないので、これを自分の周りだけで小さく復活させることは不可能な話ではありません。これをうまく使えれば、本人の感覚的に「無条件に欲しいものが贈与される」という夢の国的な体験をすることは必ずしも夢物語ではないと思います。
贈与交換をしがらみ低く作る例
例えば、漫画好きの友達がいればいらなくなったものを古本屋に売る代わりにもらえるかもしれませんし、着物好きの知人がいれば着なくなったものをもらえるかもしれません。
マンガと着物は個人的な実話ですが、ポイントは「利益を目的としない交換」「しがらみをあまり作らない交換」が成立するケースが意外にあるということです。
わかりやすい例は「友人・知人の不用品をただでもらう(自分にとっては価値があり、相手にとって無価値なものを引き取る。」というケースです。相手は「プレゼントをする」といういい気分を、自分は「物」を受取る、というパターンです。
この場合、学校の先輩が後輩に使わなくなった教科書を譲るようなノリでもあるので、同じ相手に返礼をする必要性がないのもポイントです。自分も不用になったらまた別の誰かにあげれば、いい感じに豊かさが回っていくだけで誰も損をしません。
贈与交換という仕組みの欠点は「効率は必ずしもよくない」「お返しの義務が呪いになることがある」という2点ですので、「効率を重視しなくてよい」「お返し義務がほぼ発生しない」なフィールドに限定してやっていけばほとんど害はありません。
今まで「物をもらうとか異世界の話か?」という状態で過ごしてきた場合は、まずは自分から誰かに無条件のプレゼント(モノでも智恵でもお金でも何でも可)をあげてみることからはじめるとよいでしょう。
まとめ
・(もらうことへの罪悪感を減らす意味でも)無条件にあげるという実践をしよう
・気楽に与えたり気楽に受取ったりしよう
・お金を使わずに豊かさがアップ=実質的なお小遣いが増える可能性
・脱資本主義は贈与交換の小さな復活から (全部を贈与でまかなおうとするのは非効率的)
