・トンカツは和食なのにカレーは和食ではない??
・神話の箸
・考古学の箸
・韓非子の中の箸
・作法と箸
文章版)
和食や日本食の定義は色々ありますが「お箸で食べるもの、これが和食である」ということもできそうです。トンカツは明治時代に誕生した時は新しい料理でしたが、今では和食の代表的なメニューになっています。ところで、カレーはすっかり日本化しているのですが和食や日本食と言えるかと言われるとやや悩ましいです。
これは「箸で食べる食事が和食」というイメージがあるからではないかと私は思っています。
今回は日常的な食器、箸の歴史を取り上げます。箸といっても、割りばし・塗り箸、金属の箸、いろいろあります。
割りばしは江戸時代くらいから建築用などの材木を切り出した端材(はざい、あまってる木)で作られるようになったようですが、現代の食卓で見られる塗り箸も量産されるようになったのは意外と20世紀になってからのようです。
ここから、少しさかのぼって神話時代から箸について見ていきたいと思います。
神話の中の箸
スサノオのヤマタノオロチ退治の話の中に、上流から箸が流れてくるというシーンが登場します。そこで人が住んでいることを推測して進んでいくと、大蛇に困っている家族と出会い、そこからスサノオが大蛇を退治する話がはじまります。
少なくともこの物語が語られるようになった時代には「箸」というものが存在していたことがわかります。
考古学の中の箸
奈良時代の藤原京や平城京の遺跡から出てきたものが存在していますので、少なくとも奈良時代。8世紀頃には箸は使われていたと考えられます。王族貴族のみでなく庶民の間にも広まっていたようです。それ以前の時代の登呂遺跡などからは匙(すぷーん)は出てきても、箸(はし)らしきものは出てきていないようです。
ただ、考古学の限界として「遺跡から出てきたものだけ扱う」というジャンルなので、発掘できる状態で残っているものが偏っている可能性は常に視野に入れておくべきではあるでしょう。
現代日本で、もし給食の厨房がある小学校の校舎だけが1万年後に残ったとしたら「この時代は大規模な共同生活が一般的だった。プライバシーという概念はおそらくなかった。」みたいな推測がされてしまうかもしれない、ということです。
韓非子と箸
韓非子という古典には、「象牙の箸」が「ぜいたく品」の例えとして登場します。韓非子紀元前3世紀ごろ、秦の始皇帝と同じ時代の人です。マンガでいうとキングダムの時代の人です。
この中で、古代の暴君が象牙の箸を使い始めるのを見た人が「やや、これはまずいぞ」と警戒する話があります。君主がぜいたく品を使い始めるとどんどんエスカレートする恐れがあるので、警戒したという話です。
象牙の箸といえばぜいたく品という認識が紀元前3世紀ごろの中国大陸にはあったということが推測できます。
食事作法と箸
現代ではフランス料理といえばナイフとフォークなどが並んでいますが、中世ヨーロッパの食事は手で食べるのが基本でした。
信長や秀吉の時代に来日した宣教師ルイス・フロイスは「我々は手で食べる。日本人は二本の棒で食べる。」といった趣旨の記載を残しています。フロイスより後の時代になると、ヨーロッパの食卓ではナイフとフォークが少しづつ浸透していきますが、庶民にまで浸透したのは19世紀になってからだったようです。
熱いパスタのようなものを手づかみで食べていたというのが少し想像しにくいですが、おそらくアツアツのままで食べていたわけではなかったのでしょう。
お箸に戻って考えると、木のお椀と箸というのは「味噌汁とごはん」というものに適している性質があります。
木のほうが金属よりも熱いものを入れた時に熱くならないという利点があるからです。
食事の中身によって選ばれる食器が決まってくる面もあると思いますが、使う食器によって食事が規定されるという面もあるのではないでしょうか。
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