明るく付き合いのよいキャラがよいというよくあるウソ
「みんなと仲良くしよう。1人ご飯はよくない。飲み会などにつきあえないと仕事上で困る。いい人になったほうがいいことが増える。」
こうした話は本当に本当なのでしょうか?結論からいうとこの手の話は基本的に嘘です。
1人でランチができない人はできるようになるだけで世界は広がります。性格キツくて口は悪いけど逆にそれが人気みたいな人もいます。
世界は力のある幻想でできている
ファッションの世界は「意味不明」なものが流行る傾向があります。清朝の纏足(足を小さいままで成長させない)、17世紀ヨーロッパのカツラの流行、現代西洋のハイヒールなどがいい例です。
(イスラムのヴェールだけが非合理ではありません。ヨーロッパ由来のハイヒールだって実は十分に非合理的な慣習です。)
精神的な教えもファッションと似て「意味不明」なものが流行ることはよくあります。「お金は汚い」などという価値観もその1つの例だと思います。
信長秀吉家康の時代まで戻れば武士の間で「金銭を極端に軽蔑することがかっこいい」という考え方がスタンダードだったと宣言することはできません。例えば、織田家は旗印に「貨幣というシンボル(永楽通宝)」を使っていましたので。
お金自体は何かをなしとげるためには大いに必要になる道具ですので、軽蔑するよりは大事にするほうがかっこいいでしょう。
「明るいのがいい」みたいな話から「肉食や結婚をしないほうが穢れない」みたいな話まで、人間世界はたくさんの共同幻想の集合で作られています。
こうしたものに対して、信じるふりをしたり否定する言葉を口にしないといった大人の対応が必要なことはよくあります。
が、信じたくないものを義務感から本気で信じようとしてしまうとストレスで死にそうになってしまうことも少なくないと思います。
正しい常識の扱い方
本当に誰もいない道路で、赤信号を待つ必要があるか?
誰もいない山の中で、風邪をうつさないためのマスクをする必要があるか?
これ、答えはどちらもNOだと私は思います。
常識というのは何も考えずに「そういうもの」として使ったほうが便利なことはわりとあります。どうでもいいことは常識に従うのがストレスがなくてよいです。ただ、常識の扱い方で一番大事なことは「自分にとって必要なタイミングでは、遠慮なく常識を無視すること」です。
あとは、今いる場所の常識が自分にとって苦が多いのであれば、別の場所へ移動する準備を真面目にすることが大事になります。
ワークのすすめ(イメージするだけ)
自分の生まれ育った世界(親や学校や最初の職場)での「こういう性格のキャラが理想」みたいなものはありますか?
もしあったら「昔の理想キャラの特徴」をイメージして、それが自分から離れていくというイメージをしてみてください。(例「全科目満点の優等生でみんなと仲良くできる」キャラが離れていくなど)
また、今回の音声を聞いて感じたことがあれば、画面の下にあるメニューからお気軽に送ってください。お返事は基本的にお約束できませんが、感想はいつも募集中です。
